といえば、中村信行さん
我らが「のぶさん」です。
のぶさんと、私の歴史も長くなりました
出会いは、かれこれ20年前。
商業舞台、初舞台だった私は、右も左もわからない、なんにも出来ない女の子(だったの!)
私には、磯野洋子さんという師匠がいて、付き人をしながらの初舞台でした。
着物の着方はもちろん、時代劇のことなんて、まるで外国の習慣を教えられているような感覚さえありました。
そんな、不安でいっぱいの毎日を過ごしている中、のぶさんが、「大丈夫?」と声をかけてくれて、時々からかってリラックスさせてくれるようになりました。
すごい頼りになるお兄さんでした。
のぶさんは、北島三郎座長からも、「のぶさん」と親しく呼ばれている若頭的存在でした。
「すごいなあ~。のぶさんて」と、いつの間にか、私も「のぶさん」と呼んでいました。
あるとき、うちの師匠の楽屋にのぶさんが来て、色々語りあううちに、ご飯をご一緒させて頂くことに。
連れていって頂いたのは、もつ鍋やさんでした。
磯野さんは、とてもそのお店を気に入り、何度か通うように。
そんなこんなで、師匠共々、仲良くさせて頂くうちに、のぶさんからも、「貴子ちゃん」と、可愛がって下さるようになりました。
のぶさんは、みんなの人気者で、正直イケメンではないけど(ごめんなさい
)女性陣からも、モテモテでした。
お人柄でしょうね~。
のぶさんに、ご出演頂いたのは、貴楽屋を立ち上げる前に、打った芝居があったのですが、「AHO」という作品でした。
ちなみにその時が、私と竹ちゃんとの、初共演でした!
のぶさんは、私の夫役なんだけど、その時も幽霊の役だったなあ・・・。
それで、のぶさんのアドリブの多さに、役者もスタッフも面喰らって、苦笑いしたことを覚えてます(^^;)
自由人だったなあ・・・。今でも少し名残りあり
のぶさんは、柴切さんと歳もほとんど一緒だし、私にとって、大阪の「お兄ちゃん」であり「お父ちゃん」みたいな存在です。
本当に大好きだし、尊敬しているし、なによりすごいのは、人への愛情のかけ方が、半端ない!
どこまで優しいの!?
というくらいです。
のぶさんから、本当にたくさん学ばせて頂いてます。
今回のお父ちゃんも、のぶさんの優しい笑顔で、これ以上ないほどの「愛」を表現してくれました。
のぶ父ちゃんの顔を見ただけで、自然と涙がこぼれてくるのでした
のぶさん。
ありがとうございます。
何度言っても言い足りないです
でも、おちゃめ伝説もピカ一ののぶさん
もう、のぶさんのエピソードは書いたらキリがないので、今日はこの辺で
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